専門コラム 第54話: メンタルヘルスを個人の心の問題と捉えて組織が衰退する理由
「高橋さん、先日、とても残念なことがあって。優秀な30代の男性社員が、上司からの叱責が続いたことで体調を悪化させてしまい、いよいよ休職予備軍となってしまったんですよ。」先日、企業で働く社員のメンタル相談を受けているカウンセラーの方からの嘆きを聞く機会がありました。
詳しく聞いていくと、その方はもともと大変優秀な社員で、期待されつつ、最近、職場異動したばかりだったとのこと。仕事や人間関係になれない状況で、上司から指摘されたことを叱責されたと思いこみ、まわりに頼れる人もなく一人で抱え込むという悪循環に陥ってしまったというのです。
期待されて任されたのにも関わらず、異動したての初期の段階でつまづいてしまうという方は案外多いのです。逆に優秀だからこそ、自分の弱さを認めることもできず、上司の指導を叱責と捉えて自信をなくしていくとも言えるかもしれません。
まだ休職に至ったというわけではないそうですが、彼のように体調がすぐれないまま、普通に会社に来て仕事をしているという社員は実は相当数いるといわれています。いわゆる、「プレゼンティーズム」というもので、明らかに休んでいる「アブセンティーズム」ではありません。
社員のメンタルヘルス対策に尽力している会社であっても、「メンタルダウンせず、休職せずに頑張っているのだから問題はない。なんとか、このまま頑張ってもらえば、メンタルダウンの社員を一人も出さずに済むことになる」と、このような状況を「良い状況」「メンタル予防がうまく機能している」と判断してしまうことがあります。
ですが、実はここに大きな落とし穴が潜んでいるのです。確かに休職者が出ていない職場に違いありませんが、たった一人であっても、本来の安定した体調で、本来のパフォーマンスが発揮できない状況は、「うまくいっている」と言えるのでしょうか。社員の心の状態は目に見えるわけではないので、会社に来て仕事をしているのであれば問題ないと見過ごされているのですが、他に手立てはないのでしょうか。
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目に見えない職場全体の問題を把握できているか、否か
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メンタルヘルス予防の大切さを熟知している社長は、このような時、決して、「休職に至っていないから大丈夫、問題ない」とは判断しません。また、体調が不安定な該当社員の個人の問題として捉えることもしません。
彼が所属している部署全体の問題として捉え、さらに先回りをして不安の芽を摘み取ろうとします。というのは、メンタルヘルスも問題を個人の問題として捉えるのか、あるいは組織の問題として捉えているのかで、その対応策は全く違うのです。
個人の問題として捉えている場合は、そもそも該当社員がメンタルに弱かったのだとか、上司の指導を叱責と受け取ってしまった社員の捉え方が偏っているからだなどと、その原因を社員の個人的要因としてみなします。
一方、所属組織全体の問題として捉えている場合は、
・ 適正な人数で業務に当たれているのか、長時間労働に陥っていないか
・ ハラスメントのような問題が放置されていないか
・ 部署全体に、仲間をサポートするなどの風土はあるのか、ないのか
・ 休職者が出てしまった場合は、残った社員への負担はどうなっているのか
などの観点から問題点や課題を炙り出し、該当社員だけではなく、所属部署全体の状態が悪化しないような対策を施すのです。
たった一人の社員が休職してしまっただけで、その影響の範囲は驚くほど大きいものです。残された社員がバーンアウトにならないよう細やかな管理監督が必要です。また、実際に休職者の仕事を穴埋めするために、これまで以上のチームワークが求められるのです。経営者としては、新たに発生するであろう残業費や、上司や人事部のフォローに必要な経費が上乗せされることもあるため、お金がかかるという現実も直視しなければなりません。
単に職場に休職者がいないという目に見える状況だけで判断していると、本来、早く手を打つべき組織の問題点に気づくのが遅れ、気づいた時には大きな労力とコストがかかってしまうということにもなりかねないのです。
さて、御社は、正しくメンタルヘルス予防を行っていますか。目に見える状況だけで安心して、本来手を打つべきことをないがしろにしていませんか。
今週の提言
目に見えない組織が抱える問題を、正しく判断し対応できているか。